草笛光子の真田丸「とり」の最後は?実在モデルの恭雲院から予想

mitsuko-kusabue

 

大河ドラマ「真田丸」でとりを演じる草笛光子(くさぶえ みつこ)さんが話題です。

 

真田丸で草笛光子さんが演じるのは「とり」で、真田昌幸(草刈正雄)さんの母役です。

 

つまり主人公 真田信繁(堺雅人)さんのおばあちゃん役ということになりますが、真田丸のキャストで意外だったのが

 

真田信繁(幸村)のおばあちゃん役(とり)までしっかり作っている

 

という所かなと思います。

 

とりは真田家の屋敷にずっといてお家を守るという役というより、人質としてたびたび出されたり(でも人質らしからぬ行動をとったり)とストーリーの中でも重要な役割を果たします。

 

 

草笛光子さんはインタビューの中で、とり役を演じるのが楽し過ぎて、真田丸のプロデューサー(屋敷陽太郎さん)に

 

「とりを死なせないようにはできませんか?」

 

とお願いまでしたそうです。

 

そんな「とり」の最後はいつ頃になるのでしょうか?

 

とりの実在モデルとなる恭雲院(きょううんいん)の歴史から、とりの最後を予想してみます。

 

スポンサードリンク

 

真田昌幸の母「とり」の実在モデルは?

 

早速ですが、とりは真田幸隆(さなだ ゆきたか)の正室である恭雲院が実在モデルとなります。

 

そして恭雲院は4人の息子と2人の娘を産むことになり、その中にあの有名な真田昌幸さま(三男坊)が含まれています。

 

【恭雲院(とり)の息子たち】

長男:真田信綱

次男:真田昌輝

三男:真田昌幸

四男:真田信尹

 

真田丸では草刈正雄さんが真田昌幸役、そして栗原英雄さんが真田信尹役を演じています。

 

草刈正雄さんについては説明不要の大俳優さんですが、実は栗原英雄さんもテレビでこそあまり見ないですが

 

じつは高い演技力を買われて、真田丸へ引っ張られたという役者さんでもあります。

劇団四季で25年活躍した栗原英雄さんを三谷幸喜さんが捕まえたいきさつはこちら

 

スポンサードリンク

 

草笛光子さん演じる「とり」の結末は?

 

大河ドラマ「真田丸」には原作がありませんので、とりの結末がどのように描かれるか?というのは、脚本担当の三谷幸喜さん次第!

 

とはなりますが、三谷さんはインタビューで

 

「極力史実通りのストーリーを描きます」

 

と言われていましたので、キャラクター設定などは三谷さん独特の(軽い?)タッチになるかもしれませんが、恭雲院の歴史は参考になります。

 

そこで恭雲院のプロフィールを簡単に見てみます。

 

【恭雲院のプロフィール】

toku

恭雲院(きょううんいん)

生誕:不明

没年:1592年6月29日 もしくは 1593年8月27日

夫:真田幸隆(さなだ ゆきたか)

 「さなだ こうりゅう」と読む説もあり。

子供:息子4名、娘2名

 

戦国時代の史料は、有名な方はまだしも、マニアックな方になればなるほど乏しくなります。特に女性の場合は顕著ですので、恭雲院(とり)の情報もかなり少ないです。

 

そんな中でも恭雲院の亡くなった年は割とはっきりしていますが、ただ2つの説があります。

 

1)恭雲院の墓石に1592年6月29日とあるのでコレが没年説。

2)その墓石のあるお寺の過去帳には1593年8月27日とあるのでソレが没年説。

 

なんと言いましょうか・・・

 

墓石のあるお寺と、過去帳のあるお寺が別々ならともかく、同じお寺で没年がぶれてるって、、、

 

そんなお寺ってどうなんですかっ!!

 

というツッコミはあるものの、2説ともたった1年しか違わないので、恭雲院の最後は大体その頃(1592年か93年)となります。

 

そして1592年に起きた出来事を見てみると

 

1592年 豊臣秀吉が16万の軍勢を率いて朝鮮に出兵(文禄の役)

 

なんですね。

 

この時、真田親子(昌幸、信之、信繁)は朝鮮までは行かなかったものの、肥後の名護屋城へ出陣することになります。

 

というわけで、少し長くなりましたが

 

真田丸の「とり」も、豊臣秀吉が朝鮮出兵に出る頃(もしくは出た後)に最後を迎えるのではなかろうか!?

 

と思う次第です。

 

草笛光子さんの「とり」まとめ

 

大河ドラマ「真田丸」でとり役を演じる草笛光子さんが、とり役をとても気に入って

 

「どうかとりを死なせないで!」

 

とプロデューサーへお願いまでしていると話題です(もちろん、とりの寿命は延びませんが)。

 

そこで、とりの最後はいつ頃になるか、とりの実在モデルとなる恭雲院の没年を調べてみますと

 

1592年か1593年が恭雲院の没年

 

となり、丁度、豊臣秀吉が最初の朝鮮出兵を開始する時にあたります。

 

真田信繁の初恋の人となる梅(黒木華さん)などは、1585年に若くして亡くなってしまいますので、そう考えると

 

とりさん、意外と長生きなのでは?!

 

なんて少し感じてしまいましたが、そこはあくまで恭雲院の場合ですので

 

三谷幸喜さんの真田丸では、とりの結末がいつになるか?

 

恭雲院の没年時期も少し頭に置いて見るのも楽しいかなと思います。

 

◆関連記事

信繁の初恋の人「梅」が、「とり」よりずっと早い1985年に亡くなる理由とは?

とりの四男坊「真田信尹」演じる栗原英雄さんは三谷さん直々のご推薦役者!


スポンサードリンク

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ