あさが来たの眉山はつは史実だと25歳の生涯?原作での原因や理由も

hatsu

 

朝のドラマ「あさが来た」は加野炭坑がメインになってきて面白い展開となっていますが、それと同時にあさの姉はつの生涯(寿命)にも注目が集まっています。

 

というのは

 

「ドラマが史実通りに進むと眉山はつは25歳で亡くなってしまうから」

 

です。

 

しかしながら

 

「あさが来たファン」のパワーは本当に凄い!

 

ニュースを見ると、あさが来たファンからNHKに対して

 

「はつの寿命をもっと延ばして下さいっ!」

 

という投書がガンガンやってきているそうです。

 

誠に持って素晴らしい投書活動です!と個人的には感じてますが、それはそれとして

 

あさの姉はつの実在モデルとなった三井春(結婚後は大眉春)さんの25歳の生涯についてまとめてみました。

 

また史実では惣兵衛さんや、子供たち(藍之助や養之助)、さらに両親がどうなってしまうのか?も紹介します。

 

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はつのモデルとなった大眉春の生涯は?

 

まず、はつの実在モデルとなるのは三井春(結婚後は大眉春)さんです。

 

春さんは、妹の浅子さん(ドラマのあさ)より2歳年上で、ドラマと同じように浅子さんと一緒に育ち、浅子さんと同じ年に嫁入りします。

 

二人の嫁入りは1865年(慶応元年)で

 

浅子さんが4月3日

 

春さんが4月9日

 

という本当に凄い近い日取りだったそうです。両親としては立て続けの結婚で、効率が良いといえば良いですが!?大変だっただろうと思います。

 

ちなみに嫁入り先もドラマと同様、二人とも大阪の土佐堀川沿いの豪商(両替商)でしたので、2つのお店は歩いていけるほど近くではありました。

 

そして、この時の二人の年齢は

 

広岡浅子さん 17歳

大眉春さん 19歳

 

です。

 

嫁入り後は二人の姉妹の人生は大きく変わりますが、

 

春の人生はドラマと史実では微妙に違っています。

 

ドラマでは鬼の姑お菊(萬田久子)さんに「子供も作れないくせに」とか言われて、はつはいびられることになりますが、

 

史実では、春さんはお家(天王寺屋)が潰れる前からガンガン子供を産む方だっただったのです。

 

原作をみると慶応3年の暮れ(結婚しておよそ2年半後)、明治維新が起きる前年で、二人の嫁いだ両替商がまだまだ全盛期だった頃、春さんと浅子さんが大阪で再開します。

 

その時の春さんはすっかり肥えていて(要はぽっちゃりで)、しかも

 

女の子2人、さらにお腹の中にもう1人子供がいるお母さんとなっていました。

 

結婚してわずか2年半で3人目って・・・ほぼ最速で出産?でしょうか。この辺りはドラマとは全く異なる展開ですね。

 

そしてこの時の、春さんが21歳位です(誕生日によって1歳くらいずれるかも知れません)。

 

そして、翌年にはいってすぐです。

 

あの明治維新が起こります(慶応4年、明治元年)

 

このお陰で、春さんのお家(天王寺屋)は廃業に追いやられ、春さん一家は夜逃げします。

 

豪商の家で贅沢な暮らしをしていた春さん一家は、一転して貧乏長屋生活に落ちるという悲劇的な状況となってしまい

 

原作でもドラマと同じく浅子さんが、貧乏長屋に隠れ住む春一家を訪ねるシーンがあります。

 

原作でも春さんは家の戸を開けてくれないのですが、ここで浅子さんが春さんを励ますために言ったセリフが

 

「人間の一生に浮き沈みはつきものどす。心を明うもってな、七転び八起きていうやないの。いや、うちは九転び十起きやと思うてる」

 

という、広岡浅子さんの名言が飛び出します。ドラマでは加野炭坑の落盤事故であさが落ち込んだ時に、あさ自身が自分を励ますために言っていたセリフですね。

 

ということで、この貧乏長屋で春さんと浅子さんが会ったのが明治2年頃、春さんが23歳頃の時となります。

 

そして、残念ながら原作ではこのシーンを最後に春さん一家は登場しなくなってしまいます。

 

史実によると春さんは明治5年に25歳で亡くなったそうです。

 

亡くなった原因や理由も気になるところですが、春さんは女性ということもありネットでは情報がほとんどなく謎です。

 

 

さらに春さんが亡くなった後はというと

 

惣兵衛さんのモデルとなった大眉五兵衛さん一家は商業の表舞台には戻らず、明治中期に断絶となってしまいます。

 

明治中期というと、丁度五兵衛さんが亡くなる頃ですので、五兵衛さんと春さんのお家はまさに二人を最後に断絶となってしまったのかも知れません(子供たちは女の子ばかりですし)。

 

というわけで、惣兵衛とはつのモデルとなった

 

『大眉五兵衛と春の実際のストーリはとても悲しいストーリー』

 

なのです。

 

そのために、あさが来たファンは(私もですが)「それはわざわざ見たくない!」というわけですね。

 

長くなったので最後にまとめます。

 

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はつの実在モデル大眉春さんの生涯まとめ

 

はつの実在モデルとなった大眉春さんは、京都の豪商三井家に生まれ、2つ年下の妹の広岡浅子さんと共に、全く同じ年(慶応元年)に嫁入りをします。

 

嫁入りの時、春さん19歳です。

 

そして約2年半後に浅子さんが大阪で春さんに再会した時、春さんはすでに2人の女の子+お腹にもう一人という2.5児?の母となっていました。

 

この時春さん21歳位です。

 

その後、明治維新が起こり、春さん一家は倒産。一家は貧乏長屋へ夜逃げすることとなります。

 

浅子さんが貧乏長屋に住む春さん一家を訪ねたのは、丁度浅子さんの旦那さんのお父さんである広岡正饒(ひろおか まさあつ)が亡くなった後なので明治2年頃です。

 

(正饒さんはドラマでいうと、新次郎さんのお父さんである正吉さん(近藤正臣さん)ですので、この辺りもドラマと史実の違いですね)

 

明治2年というと、春さんが23歳頃です。

 

その後、春さん一家がどうしたのか?原作では語られていませんが、史実によれば

 

春さんは明治5年(1872年)に25歳で永眠され、お家も明治中期に断絶となります。

 

一方、あさが来たのドラマでは、先日あさが千代を産んでてんやわんやの大騒ぎですが

 

この時すでに明治10年になっているんですよね。

 

ですので、はつはモデルの春さんより長生きしているわけですが

 

そうは言っても、はつはそんなに長くは生きられないストーリーだったようです。

 

しかしながら、たとえ史実がそうであっても

 

ファンのみなさんはNHKに物申す!です。

 

「歴史はそうなのかも知れないが、朝ドラでそんな悲しいストーリーは見たくない!」

 

「というか、はつの寿命をもっと伸ばして下さい!」

 

といった主旨の投書がぞくぞく寄せられたそうです。(凄いですね。本当に)

 

そしてNHKとしても皆さんの声を受けて

 

「はつが最後まで長生きするようにストーリー(台本)を急ぎ書き直している」

 

そうです。(これもまた凄いですね)

 

というわけで、あさが来たファンにとっては、

 

藍之助や養之助の将来だけでなく、はつと惣兵衛のストーリーも楽しむことができるようになったという、素晴らしいニュースとなったのでした。

 

NHKに投書して頂いた皆様、

 

「ほんに、おおきに!」

 

ですね。

 

後は、はつ役の宮﨑あおいさんのスケジュールがうまく調整できることを期待してます。


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2 Responses to “あさが来たの眉山はつは史実だと25歳の生涯?原作での原因や理由も”

  1. […] ・はつの命を25歳で終わらせないで。NHKが急遽台本書き換え […]

  2. […] ・あさの姉はつの生涯が25歳より長生きになった理由とは? […]

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