広岡浅子と村岡花子が出会った勉強会とは?日本女子大創設など経歴も

 

いよいよ朝ドラ「あさが来た」が始まりました。

 

1話ではヒロインの波瑠さんが少ししか登場しませんでしたが、それでもやけに可愛いので、今井あさ(白岡あさ)のモデルとなった広岡浅子さんもまさか美人!?なんて思いながらネットを見ていると

 

意外にも去年の朝ドラ「花子とアン」のモデルとなった村岡花子さんの先生とも言える女性が広岡浅子さんというのが話題となっていました。

 

広岡浅子さんは明治生まれですので、当時としてみれば

 

現代みたいな草食系男子とか、社会に存在すること自体許されない

 

ガチガチ肉食系男子社会だったはずですが、そんな中で男顔負けの実力を発揮したのが女性実業家の広岡浅子さんです。

 

 

そんなパワフル実業家だった広岡浅子さんが、女性翻訳家の村岡花子さんとどんな関係にあったのかまとめました。

 

また広岡浅子さんの実業家としての経歴も少し紹介します。

 

スポンサードリンク

 

肉食系男子を超える広岡浅子さんの実力とは?

 

現代よりも男性優位の当時(明治時代)の世の中で、広岡浅子さんはかなり珍しい女性実業家でした。

 

広岡浅子さんの写真はこちらです。

mig

 

広岡浅子さんの写真をみるとえらく貫禄ありますね、、、(やはり波瑠さんのようではなかった)。

 

明治時代といえば男社会で風当たりも強かったと思いますが、男顔負けの冒険的事業に色々と挑戦されていて、かなり強い女性だったようです。

 

その事業の足跡は今でも残っているものがたくさんありますが、少し紹介します。

 

1)加島銀行を設立(1888年、明治17年)

 

朝ドラ「あさが来た」の中でも、あさは大阪の両替商である加野屋へ産まれた時から許嫁として決まっている、とありました。

 

実際、広岡浅子さんは17歳で大阪の豪商(両替商)だった加島屋に嫁いでいます。

 

そして広岡浅子さんが39歳の時に、大阪市中央区に加島屋の両替店を母体に設立したのが加島銀行です。

(ただし加島銀行は、浅子さんが亡くなった後1937年に経営危機に陥り廃業となっています)

 

ちなみに当時の加島銀行はこんな感じです。

2011021919323297e

 

2)日本女子大学校創立(1901年、明治34年)

 

浅子さん自身が、子供の頃から「女に学問は不要」と言われて育ったため、女子大創設には多大な貢献をしたそうです。

 

そして広岡浅子さんは後に校長となる成瀬仁蔵さんと共に日本初の女子大である「日本女子大学校」を創設します(現在の日本女子大学)。

 

朝ドラ「あさが来た」の第1話の冒頭シーンがまさに日本女子大学創立の挨拶シーンでしたが、冷静に考えてみると女子大創設当時の広岡浅子さんは52歳です。

 

そして「あさが来た」冒頭のシーンのあさ役の波瑠さんがこちら。

asa

 

髪型は似てますけど、やはり”あさ役”を演じた波瑠さんは可愛い過ぎるといいますか、浅子さんとのギャップが半端ないですね。

 

3)大同生命創業(1902年、明治35年)

 

日本女子大学校の創立の翌年ですが、広岡浅子さんは大同生命を創業します(現在の大同生命保険)。大同生命の創業には、広岡財閥の中核となっていた加島銀行も活用されました。

 

生命保険会社を創設するというのは、これが現代であったとしても、やってることがデカイです。

 

この写真は1925年(大正14年)ですが、大同生命ビルはこの時から立派です。

clip100_7

 

スポンサードリンク

 

広岡浅子と村岡花子の意外な関係とは?

 

女性実業家として活躍していた広岡浅子さんは、明治時代から社会で活躍する若い女性を色々な面で応援していました。

 

それで浅子さんは、1914年から浅子さんが69歳で亡くなる前年(1918年)まで、これは!と思った女性を集めて夏期講習会を開いていました。

 

亡くなる直前まで開催していたそうですから、最後まで本当にタフな女性ですね。

 

そして夏期講習会の参加者は浅子さんの友人知人や日本女子大学校の卒業生を含め20名ほどで、場所は御殿場・二の岡にある浅子さんの別荘(避暑地)でおこなれました。

 

その夏期講習のメンバーの一人が、村岡花子さんだった、というわけです。

 

村岡花子さんといえば、NHKの朝ドラ「花子とアン」のモデルとなった方ですが、実はこんなところで広岡浅子さんと接点があったんですね。

 

村岡花子さんは23歳(1916年)の時から広岡浅子さんの夏期講習に参加していたそうなので、二人は大体3年程のお付き合いでしょうか。

 

広岡浅子さんに影響を受けた村岡花子さんは、後に「赤毛のアン」を代表として多くの翻訳作品を世に送り出すことになりました。

 

広岡浅子さんと村岡花子さんのまとめ

 

9月30日から朝ドラ「あさが来た」が始まりました。

 

ヒロインの波瑠さんが演じる、今井あさ役(後に白岡あさ役)は、実在の人物「広岡浅子さん」がモデルとなっています。

 

広岡浅子さんは、「一代の女傑」と言われるほど、タフで強い明治を代表する女性実業家でしたが、実は広岡さんが晩年に開いていた女性のための夏期講習会に参加していたのが

 

同じく朝ドラ「花子とアン」のモデルとなった村岡花子さんでした。

 

花子とアンを見ていた方は、明治時代に活躍する女性の一人だった村岡花子さんに強い影響を与えたのが波瑠さん演じる広岡浅子さんだと思うと少し面白いかも知れませんね。

 

そして「あさが来た」第1話の視聴率は21.2%となり、前作「まれ」と同じく高い視聴率でのスタートですので、今後視聴率の動きも注目されそうです。

 

個人的にはヒロイン役を取るために苦労した波瑠さんの演技力を見るのを楽しみにしてます。


スポンサードリンク

One Response to “広岡浅子と村岡花子が出会った勉強会とは?日本女子大創設など経歴も”

  1. […] (広岡浅子さんと村岡花子さんの出会いについてはこちら) […]

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ